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文久2年9月8日(1862.10.30)
【京】中山忠光、武市半平太に「四奸ニ嬪」暗殺の助力を依頼。

■公武合体派排斥・暗殺
【京】文久2年9月8日夜、中山忠能第7男の忠光は初対面の武市半平太に「四奸ニ嬪」殺害の助力を依頼しました。

このときまでにいわゆる四奸ニ嬪は辞職・蟄居・落飾などの処分を受けていました。しかし、忠光はこれに飽き足らず、この日、三条木屋町の武市半平太の寓居を密に訪れ、天誅の手始めとして、今夜中にでも今城重子の暗殺をしたいと打ち明けたそうです。武市は、忠光をなだめ、明夜までに同志(平井収二郎(土佐藩)・藤井良節(薩摩藩)ら)と相談しておくからと、とりあえず忠光を帰邸させたそうです。

なお、忠光が面識のなかった武市を頼んだ理由は、「本間精一郎を殺せし勇者に、助太刀を頼まん」ということだったそうです。

参考:『維新土佐勤王史』(2003.10.26、11.2)
関連:■テーマ別文久2「公武合体派排斥・「天誅」」 

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